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【引退ブログ】-BLUE PRIDE-#8牧 宗輝

平素より南山大学男子ラクロス部を応援して頂いている皆様、日頃より多大なるご支援とご声援を頂きありがとうございます。この場を借りて心より感謝申し上げます。

南山男子ラクロス部 背番号8番DFの牧宗輝です。


まっすーからバトンを受け取りました。

底無しの優しさは言うまでもなく、何度も怪我を乗り越えて育成にも勤しんでいた彼を尊敬しています。


次は#10上田泰嗣です。たいしとはもともと犬猿の仲で、二年生の頃はずっといがみ合っていました。顔も見たくなかったです。でも今は仲良しで、かけがえのない戦友です。彼のエセ関西弁が大好きです。


このブログでは、自分の4年間を振り返ろうと思います。

備忘録にしたいと思うので、長く拙い文章になりますが、最後まで読んでくれると嬉しいです。



まず、俺がラクロス部に入部したきっかけは「自分を変えたかったから」

高校時代も運動部に所属していたが、途中で投げ出しやめてしまっていた。

そしてその自分の意思の弱さがコンプレックスになっていた。だから大学に入った時に、もう一度部活に入って意思の弱い自分を変えようと思った。


そんな中で、ラクロス部が掲げる学生日本一を目指すという言葉に惹かれて、「ここで頑張れば自分を変えられるのではないか」。そんなことを思いながら入部を決意した。

しぶこう(20世代#4渋谷耕太朗)に鬼の勧誘をして、コロナ渦で全体練習はなかなかできなかったけど一年生の頃は楽しくラクロスをやっていた。

4と4が合わされば 「しあわせ」だよなっていう薄い理由で背番号#44を選んだこともいい思い出だ。


だが二年生になって堕落した。

同期のみんなが試合に出ていく中、俺はずっとBチームだった。

あとからディフェンスに転向してきたなるけいがAチームに上がってリーグ戦にも出ているのを見て、とにかく嫉妬してたし劣等感が凄かった。

本来ならその悔しさを原動力にもっと努力するべきだった。でも、高校時代に部活を途中退部した俺にそのような胆力はなくて、拗らせてただ堕落していった一年だった。

練習後はすぐ帰るし、ミーティングも全く参加しない。そのくせプライドだけは一丁前に高くて自分のミスは認めずに人のせいにしていたし、挙句の果てには先輩のリーグ戦も途中で帰ってた。

本当にどうしようもない人間でした。


三年生。

正直最初の方は二年生のときと変わらず、目的意識も責任感もなくただ練習に参加しているだけだった。

エスカレーター式で試合には出れるようになったものの、練習中や反省ミーティングで、自分のミスや改善点を指摘されても認められないし、何かと理由をつけてミーティングも休むし。かなりDFの雰囲気を悪くしていたと思う。

リーグ戦が始まる前に同期DFの話し合いで、駿太郎(20世代DFリーダー#16神谷駿太郎)に「お前を信用してない」

そう言われたのを鮮明に覚えている。


めちゃめちゃ腹立った。けど心の中ではすごく納得してたし、そう言いたくなる気持ちも理解できた。自分が本当に情けなく感じて、そこから意識が変わり始めた。


DFミーティングやスカウティングに参加するようになって、自分の失敗を真摯に受け止めるように意識を変えようとした。

スーパーカップで初めて全国クラスの相手に勝って、リーグ戦にも出場させてもらい、自分の強みであるグラボも試合で通用した。

少しずつディフェンスの団結力が芽生えてきたようにも感じていた。

なにより期待に応えたいと思ったし、19世代を引退させたくなかった。



1回目の東海FINAL。

絶対に名大に勝てると思っていたが、惨敗に終わってしまった。自分の裏ワンで抜かれて点を決められたところから流れ持っていかれて、後半どんどん点が取られていったあの感覚は今でも覚えている。



四年生。

この一年で本当にいろんな感情と出会った。

最初はとにかくラクロスが楽しくなかった。こっからまた一年やるのかって思ってた。

いつのまにか同期ディフェンスとの仲もまた悪くなってたし、どこかギスギスした空気感で練習も全然楽しくなかった。

そんな中で、新シーズン始まってすぐに重い怪我をして全く練習ができなかった。そして復帰してすぐの練習でまた怪我をして。


#51 近藤弘貴(21世代)と#23三宅勇輝(21世代)がどんどん力をつけてく中で、もう俺このチームに必要ないんじゃないかって思い始めてた。

そんな中で公務員試験も近づいてきて、言っちゃえばラクロスに対する熱が冷めてんだと思う。


もうほぼ辞めるつもりだけど、ここでやめたら高校のときと本当に何も変わんないなって思って踏みとどまった。


同期に本音を話していく中で関係も良くなっていって、特にディフェンスのみんなとは練習内外で思ったことを言い合えるいい関係になったと思う。


そこからは四年間で一番ラクロスが楽しかった。

今までがこんなんだったから、自分にできることは限られてるし翼(20世代副主将#28伊藤翼)や駿太郎みたいに絶対的な存在にはなれないことは分かっていた。だから自分にしかできないことを最大限発揮してチームの勝利に貢献しようという意識で練習に取り組んだ。

毎日の練習はもちろんだったけど、ミーティング大臣も任されて、ゼミ室を転々とする生活は楽しかった笑


リーグ予選、東海FINAL4、東海FINALと自分の強みを発揮できたと思う。

名城戦でグラボ6回拾った時のスコアノートは待ち受けにしてました笑


2回目の東海FINAL。

東海制覇したあの瞬間は絶対一生忘れないです。

今までの四年間が肯定された感じがして本当に嬉しかった。続けてよかった。

こんな俺がスタメンとして東海決勝の舞台に立てて、一年越しに名大にリベンジを果たせた。

4年間の最後で初めて最高の景色を見ることができたし、全国の舞台に立つことができた。

そして、このチームでなら本気で日本一になれると心の底から思えた。

辛くて楽しかったラクロス人生の最後は全国ベスト4という結果で終わりました。

学生日本一になることは叶わなかったけど、この経験は一生の財産です。

  


同期へ

Spiritでも言ったけど、最初はみんな嫌いでした。あんなにどうしようもなかった俺に愛想尽かさずに寄り添ってくれて本当にありがとう。きっとこの代じゃなかったら4年間ラクロスを続けられなかったと思う。感謝してもしきれないです。

これからも仲良くしてください。


けいし、駿太郎、なるけい、たいしへ

2年間一緒にいろんなディフェンスができて、本当に楽しかった。一番迷惑をかけたし、試合でも試合外でも一番支えられました。

何回も仲悪くなったし、これまで紆余曲折しかなかったけど、4人に支えられたおかげでここまでやってこれました。本当にありがとう。一緒にフィールドに立てたことを誇りに思ってます。

はやくディフェンス会しましょう。



後輩へ

とくにDFメンバーはミーティングでいつも騒がしいし基本おちゃらけてたけど、みんなのおかげでいつもDFミーティング楽しかったよ。

刺激をいっぱい貰っていつも助けられてばかりでした。


こうき、たかのり、ゆうき、かんた、ゆうと、ゆうま、こうた、あっちゃん。ここまで一緒に闘ってくれてありがとう。


Bチーム、一年生のみんなも今まで応援ありがとう。スタンドからの声援が凄く力になりました。

修一郎は俺のリクエストした応援ソング採用してくれて本当に嬉しかった。ありがとう!いい男!

かずまは8番継いでくれてありがとう。輝く番号にしてください。

来年の鉄壁ディフェンス絶対観に行きます。


家族へ

遠征費とか公務員試験とか今までいろいろサポートしてくれて本当にありがとう。たくさん迷惑もかけたけど、支えてくれたおかげで最後までやりきることができました。

東海決勝でいいとこ見せれてよかったです。



四年間、本当にいろんなことがありました。

これから毎朝4時に起きなくていいって考えたら少し寂しいです。

引退した今、胸を張って言えます。


南山ラクロス部に入って本当によかった。


「人を尊敬し、自分を尊敬できる人間になる」

俺はこの4年間で、人として大きく成長することができました。人として変われました。

今まで支えてくれたみんなには本当に感謝しています。


いい同期と一緒にラクロスができて、生意気な後輩たちに囲まれて、悲願の東海制覇を達成して、全国の舞台でも戦えた。

こんなにも貴重な経験ができて、俺は本当に幸せです。




#8 牧宗輝

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